人間のあらゆる活動の司令塔として24時間365日休まず働く脳と脊髄(中枢神経)は膨大なエネルギーを消費するため、常に安定した血流が必要です。
脳や脊髄にエネルギーや酸素を供給し、活動に際して生じた老廃物を受け取り運んでくれる経路となる中枢神経を栄養する血流の仕組みについて整理してまとめました。
脳や脊髄(中枢神経系)に大量の血液が必要な理由
脳の重量は体重のわずか2.5%なのに(55kgの人なら約1,400g程度)、脳への血流量は心拍出量の約20%を占め、血流によって運搬された大量の酸素とブドウ糖を取り込み代謝を行い、炭酸ガスと代謝産物を排泄しながら司令塔としての機能を休むことなく果たしています。
スポーツなどでエネルギーを多く消費する人ほどたくさん食べる必要があるのと同じ原理で、 たくさんのエネルギーを消費する脳や脊髄(中枢神経系)には、血流を通じてたくさんの酸素やエネルギーが安定して送られる必要があります。
また、例えば突然一切電気・ガス・水道などのライフラインが使えなくなったら、スマホもパソコンも使えませんし、夜は真っ暗、温かいご飯を食べることも難しくなり、文化生活は楽しめなくなってしまうように、人体にとってのライフラインである血液が中枢神経を巡らなくなったら、人間としての機能は停止してしまいます。
脳血流の仕組み
人体の司令塔である脳には、バックアップを含め豊富な血管が入り込んでいて、安定した血液供給ができる仕組みになっていますが、もし脳への血液供給が減少すればめまいやふらつきなどの症状が現れ、停止した場合は数分以内に人間として本来持っている機能の一部(脳血管障害)、または全部(脳死)が停止してしまいます。
脳の動脈系(酸素と栄養を供給)
左右1対ずつの内頸動脈系と堆骨動脈系からの血液供給で養われています。
内頸動脈
内頸動脈は大脳の大部分を灌流する血管系で、総頸動脈から分岐します。
総頸動脈
総頸動脈は、外から見ると下顎角の辺り、第4頸椎の辺りで内頸動脈と外頸動脈に分岐します。
栄養領域
外頸動脈の栄養領域
硬膜(頭蓋内)・頭皮・顔面の組織(筋肉など)・口腔咽頭粘膜など頭蓋骨外の頭部組織すべて
内頸動脈の栄養領域
以下の経路で循環して頭蓋内を栄養します。
眼動脈
眼球および外眼筋を灌流する。
後交通動脈
内頚動脈系と堆骨動脈系の終末主要枝である後大脳動脈とを連結しお互いに側副血行路となる。
前脈絡叢動脈
前大脳動脈の血管走行
(大脳基底核・内包の一部を灌流する動脈)
左右の前大脳動脈は、前交通動脈という血管で連結
前交通動脈
1mm程度の長さの動脈で、それぞれ反対側の側副血行路として重要
中大脳動脈の血管走行
レンズ核線条体動脈
大脳基底核のレンズ核(被殻と淡蒼球)、線状体(尾状核と被殻)、内包の一部を灌流し、錐体路・錐体外路系の運動機能に関与。
『脳出血動脈』という別名もある位、高血圧性脳出血の好発部位である被殻部での出血源で、 中大脳動脈から急な角度で分岐しているため、血流の渦巻きにより動脈瘤が生じやすいこと、その微小動脈瘤の破裂が脳出血の原因となる。
脳実質に貫通して目的の組織に至ることから穿通枝という。
(ホイネブル動脈、後大脳動脈から出て視床に至る視床穿通動脈なども穿通枝)
後方向へ向きを変え、シルビウス裂の最深部を外側後方に走行し、角回動脈という枝になって脳表に現れ、頭頂葉、側頭葉の外側面全体に枝を出す。
(頭頂葉、側頭葉の大部分と前頭葉と後頭葉の外側面など大脳の幅広い範囲を灌流)
堆骨動脈系の血管走行と灌流領域
左右とも鎖骨下動脈から枝分かれし、後頭蓋窩(小脳テント下脳幹、小脳を入れた狭いスペース)すべてと後頭葉の大部分を灌流する血管系で、左右とも鎖骨下動脈から分岐し、頸髄でしっかり保護 (脳幹は、生命維持のための重要な組織です。)されています。
(この合流部は、動脈硬化などがあると必ずしも正中部に存在しないこともあり、血管撮影でこの部位が正中位にないことが腫瘍などによる圧迫偏倚を意味しない事もある)
(内耳動脈の血管撮影は耳神経鞘腫の有無の目安)
視床や大脳基底核に行く数本の穿通枝
側脳室脈絡叢へ行く後脈絡叢動脈などを分岐
ウィリス動脈輪
前後2つの交通動脈で 左右の動脈が連結していて、 動脈輪を形成しています。
脳の静脈系(代謝物の排泄)
表在性(脳表部)静脈
深部静脈系
ほとんどが直静脈洞に集まり静脈洞交会から静脈通路へ行きますが、一部は海面静脈洞に入り、頭蓋底から内頸静脈に加わったり、頭蓋外に出て外頸静脈に合流することもあります。
脳血管の解剖学的特徴
脳血液循環の調節機能
脳血液循環は、脳灌流圧と脳血管抵抗によって 大きく変動しないようにする自動調整機能が働いています。
脳灌流圧とは血液が脳内を一定の方向に流れる為の圧差で、一般的には動静脈間の血圧差=平均動脈血圧(静脈圧が動脈圧に比べ極端に小さいため)
脊髄血流の仕組み
脊髄は、以下の血管で栄養されています。
脊髄動脈だけでは脊髄に十分な血流が供給できないので、6~8本の根動脈を通して他の血管(堆骨動脈・肋間動脈・腰動脈・仙骨動脈など)から血流を得ています。
アダムキーヴィッツ動脈(Adamkiewicz動脈)
脊髄の血液供給には、アダムキーヴィッツ動脈(Adamkiewicz動脈)が重要な役割を果たします。
アダムキーヴィッツ動脈(Adamkiewicz動脈)の起始部は、下部胸椎から(Th9~Th 12 に75~80%)上部腰椎(Th 12~L 3に83.9%)にあり、前脊髄動脈に達する前に後枝を出して後脊髄動脈を補強し、前脊髄動脈に達すると大きな下行枝と小さな上行枝に分岐します。
前脊髄動脈は、上位頸部に数本の栄養動脈と下位胸部にアダムキーヴィッツ動脈(Adamkiewicz動脈)から血流を供給され、脊髄の下2/3〜1/2(腰仙髄)はアダムキーヴィッツ動脈(Adamkiewicz動脈)が唯一の栄養供給動脈です。
つまり、脊髄は血液供給の大半をアダムキーヴィッツ(Adamkiewicz)動脈に頼っているため、アダムキーヴィッツ動脈(Adamkiewicz動脈)が閉塞すれば、脊髄の機能障害につながります。
また、前脊髄動脈への側副血行は少なく、特定の脊髄節(第2〜第4胸髄節の付近)が特に虚血に陥りやすいという特徴があります。
重要な器官には精巧なバックアップ機能がある
病院など電気やライフラインが途切れることが即大惨事に繋がるような機関では、電気も水道も必ずバックアップがあり、仮に災害が起きてもすぐにライフラインの供給が止まらないような仕組みができています。
また、地震や台風などの天災時で国や地域全体で発電量が限られる時には、重要なまたは停電することで生じるリスクの高い場所に優先的に供給し、停電する地域を限定させ被害を最小限に抑える配慮をしますよね。
同じように、人体も特に全身にダイレクトに影響を与える最も仕事量の多い中枢神経への血流に対しては、複数の血流路を構成し、常に安定し豊富な血液を送れるようなシステムができています。