運動パフォーマンスに大きく影響する【バランス(平衡機能)】に関与する身体器官と機能について解剖学と生理学の観点からまとめ、効果的に【バランス能力】を鍛えるトレーニング方法について紹介しています。
【バランス能力】とは?
【バランス】というと「シーソーが釣り合う様子」「平均台での体操やヨガのバランスポーズ」「片脚立ちのバランステスト」「サーカスのパフォーマンス」などを連想すると思いますが、そもそも人体における【バランス能力】とは何なのでしょうか?
人体における【バランス】は「平衡感覚(平衡機能)」とも呼ばれ、普段の生活を安全かつ効率的に行うためにも必要な能力で、【バランス(平衡機能)】を強化することで疲れにくい効率的な動作で様々な変化に対応できるようになり、転倒予防効果やパフォーマンス改善効果につながります。
「バランス(平衡機能)」の定義
人間の「平衡感覚(平衡機能)」の定義は、シーソーを釣り合わせるような単純な仕組みではなく、身体の空間における適切な位置変化を察して適切な状態に保持しつつ、運動を円滑に行う調整機能全般のことです。
私たちは成長の過程で、つかまり立ちを習得し、一人で歩けるようになり、いつの間にか走り回るようになり、自転車に補助輪なしで乗れるようになり、スポーツや体操などの日常活動ではないような特殊な動きまでできるようになっていきますが、これらの成長過程で私たちが習得している能力のひとつが【バランス:重力の影響や姿勢変化への対応力】です。
「バランス(平衡機能)」能力強化のメリット
【バランス能力】を習得強化することで、重力や外力に対抗して静的に姿勢を安定させることができるのはもちろん、砂利道や凍った地面など不安定なベースでも歩行や運動ができたり、物につまづいたり、床で滑ったり、誰かに押されたり、段差を踏み外した時など、予期せずにバランスを崩しえる場面でも転倒せずに安全な姿勢に戻すことができ、転倒や怪我を予防できます。
また、【バランス能力】を極限まで強化発達させれば、スポーツ選手、ダンサーなどのような高度なパフォーマンスができるようになります。
【バランス能力】が低下すれば運動パフォーマンスが下がり、転倒しやすくなってしまいます。
バランスを崩して骨折や捻挫などの損傷を負ってしまうと、身体のアライメントが崩れたり筋力が低下したりすることで更に転倒しやすく(バランス能力低下)なってしまいます。
転倒や怪我予防をするためにも【バランス能力】を維持強化する努力には誰もが向き合う必要があります。
【バランス】の解剖生理学(平衡機能の要素と仕組み)
【バランス能力】には主に以下の器官や機能が関与しています。
機能 | 役割 | 器官 |
---|---|---|
位置覚 (深部感覚) | 空間において自分の身体の位置情報を感じ取る | 皮膚 筋肉 関節 |
前庭機能 | 頭部の重力面に対する位置変化を感じ取って適切に統合する | 前庭 |
視覚 | 目でとらえた情報で自分の位置やバランスを確認する | 目 |
神経経路 | 外部情報を脳に伝える(感覚神経) 脳の指令を運動器に伝える(運動神経) | 脊髄 末梢神経 |
脳 | 感覚信号を統合して筋肉(骨格筋)へ司令を出す | 脳 |
「皮膚」や「筋肉」などが感知した身体の状態や位置の情報と「視覚」や「前庭」で感知した目と頭の位置や情報を「脳」が統合して「筋肉」に適切な指令を出す神経経路が形成・発達・強化されることで、私たちの【バランス能力】となります。
位置覚(深部感覚):身体の位置
「位置覚(深部感覚)」とは、空間における自分の身体の位置情報を感じ取る機能のことで、感覚受容器は「皮膚」「筋肉」「関節」など全身に存在します。
全身の受容器が取得した位置情報は、全身に張り巡らされている「感覚神経(求心性神経)」によって「脳」に伝達され、認識になります。
例えば、目を閉じていても自分が立っているのか座っているのかわかるのは、各関節や筋肉が今どんな状態なのかという情報が感覚機能を通して「脳」に伝わっているからです。
前庭機能:頭の位置
「前庭機能」とは、頭部の重力面に対する位置変化を感じ取り適切に統合する能力で、空間において自分の頭の位置がどこにあるのかを常に把握することで全身のバランス調整が適切に行えます。
「前庭機能」に過剰な刺激が加わったり異常が生じると情報の統合が正常に行えなくなるため、「めまい」「悪心」「吐き気」などが生じます。
乗り物酔いで気分が悪くなったり吐き気が生じるのも、「前庭機能」で情報統合が適切に行えないことが原因です。
視覚(目):目の位置
「視神経」は発生学的には脳の一部で、「視覚(目)」は単にモノを捉えるだけでなく、目でとらえた情報を元に自分の位置やバランスを確認して調整する機能も持っています。
目を開けた状態で自分の身体の位置を確認した方が、目を閉じた状態よりもバランスがとりやすいのは視覚の機能がバランスに関与することの証拠です。
脳機能:情報の統合と指令
「脳」は、外部情報を全身に張り巡らされている「感覚受容器」から「感覚神経」を通じて受取って統合し、運動器官である「筋肉」への命令を「運動神経」を通じて出す、バランス機能の司令塔です。
バランス機能や能力に主に関与する脳の部位は以下の3つです。
部位 | 役割 |
---|---|
大脳(前頭葉) | 運動器官である「筋肉」への命令を出す |
大脳基底核 | 自分の意志とは関係ない運動(不随意運動)を起こさず目的の動作が円滑な運動になるように調整 |
小脳 | 全身の筋肉が協調して働くように調整 |
大脳(前頭葉)
「大脳(前頭葉)」は、運動器官である「筋肉」への命令を出す機能を持つ大脳の部位です。
大脳基底
「大脳基底核」は、筋肉の緊張が異常に亢進した状態が続いたり、自分の意志とは関係ない運動(不随意運動)を起こさないように制御して、目的の動作が円滑な運動になるように調整している脳部位です。
「大脳基底核」が正常に機能しない場合は、バランスを維持することが困難になります。
小脳
「小脳」は身体の中に数百ある筋肉が目的とする動作に対して協調して働くように調整する、チームリーダーやチーム全体をまとめて適材適所にメンバーを配置する監督のような機能があります。
筋肉の収縮弛緩や連動などの調整を行うのが「小脳」の役割なので、「小脳」が正常機能しないと筋肉同士で目的が共有できなくなるので、ぎこちない、安定しない、不安定な動きになり、バランスも低下します。
神経経路:脳と身体の連絡網
「神経経路」とは、「感覚受容器→脳→運動器官」の連絡網です。
経路名 | 経由 |
---|---|
感覚神経(求心性経路) | 感覚受容器→脳 |
運動神経(遠心性経路) | 脳→運動器 |
神経経路や神経自体に問題がある場合は情報が適切に伝達されないため、バランス機能も低下します。
【バランス能力】種類と違い
「ヨガポーズ」などのように同じ姿勢を一定時間保持する能力を「静的バランス能力」といい、不安定な状態から安定したバランスへ戻す能力を「動的バランス能力」といいます。
静的バランス能力
ヨガポーズなどのように同じ姿勢を一定時間保持する能力を「静的バランス能力」といい、よくやる「片脚立ちを保持できる時間」などでは「静的バランス能力」を測定しています。
ただ、スポーツやサーカスのパフォーマンスなど特殊な場合を除いて、実際の生活において不安定な状態で長時間姿勢を保持しようとすることはほとんどないので、「動的バランス能力」の方が日常生活やスポーツへの影響が大きくなります。
動的バランス能力
外力が加わってバランスが不安定になったときに、できるだけ安定する方向に身体を調整する(不安定な状態から安定したバランスへ戻す)能力を「動的バランス能力」といい、その難易度により3種類に分類できます。
種類 | 説明 | 例 |
---|---|---|
動的定常状態 (Dynamic steady-state) | 支持面が変わっても一定して(状態を変えずに)動作する能力 | 通常歩行 |
プロアクティブバランス | 予測できる衝撃に対して先取り行動して安定を保つ能力 | 凸凹道を歩く |
リアクティブバランス | 予測できない衝撃に対して補償して安定を保つバランス能力 | つまづいても立て直す |
普段意識せずに行う通常歩行であっても常に片脚立ちを交互に繰り返しているので、動的バランス能力(動的定常状態)を駆使しています。
歩く地面が凸凹、段差をまたぐ、ジャンプするなど、予測できる範囲でバランスを崩す要素が加わればよりレベルの高い「動的バランス能力(プロアクティブバランス)」が必要になりますし、足元の小石に気づかず転倒しそうになったときにバランスをとって立ち直るなどの場合には、更に高度な「動的バランス能力(リアクティブバランス)」が必要です。
【バランス能力】形成と強化の過程
私たちは生まれてから様々な練習や経験を繰り返して【バランス能力】を習得してきましたが、その過程を解剖生理学の観点で見ると、新しい神経経路の形成や強化の繰り返しです。
【バランス能力】というと運動神経だけに注目されがちですが、脳機能を含めた一連の神経経路を発達強化させる意識を持つことで効果的に強化できます。
バランス能力における神経経路とは「感覚器官→脳→運動器官」の連絡網であり、要素となる各器官の性能や状態に問題がない前提で、新しい神経経路が形成されたり既存の神経経路が強化されることで身体の部位との連携機能や協調運動能力を強化できてバランス能力が向上します。
バランス能力要素 | 強化できる能力 |
---|---|
感覚受容器 | 全身の感覚受容器が情報を検知する能力やその精度 |
脳 | 精神力や集中力 経験による予測対応能力 情報を統合処理する速度 身体の部位との連携機能や協調運動能力 |
運動器官 | 姿勢を支える安定性 運動における瞬発力や持久力 |
神経経路 | 伝達速度 |
身体中を覆う皮膚や筋肉には「感覚受容体」と呼ばれるセンサーがあり、「視覚」や「前庭機能」とともに身体の状態(姿勢や関節の動き)や変化の情報を常に脳にフィードバックしています。
「脳」はその情報をもとに身体の動きを調整するための指令を「筋肉」などの運動器官に出していますが、適切な司令が適切に届くことで、私たちの安定した姿勢や活動が保持されています。
新しい神経経路が形成されるほど、既存の神経経路が強化(最適化)されればされるほど【バランス能力】は強化されるので、アスリートは同じ動きを何度も何度も練習することによって、いつしか何も考えなくても人間とは思えないパフォーマンスを出せるようになります。
静的バランス強化方法
【バランス】が取れた状態を維持することを運動力学的に説明すると「変位した体重をカウンターバランスとして使用して、不安定なベースで平衡を達成できている状態」です。
つまり、バランスの取れた姿勢や動作にするには、動作や姿勢を起こす力と同時にその力に対する抵抗力が必要になります。
「ヨガポーズ」を使った「静的バランストレーニング」は、姿勢を保持する筋力(骨格筋)を鍛え、体幹や四肢が連動した協調運動により異なる身体のパーツを統合する能力を高めることができます。
また、生活や運動のパフォーマンスを高める観点で言えば、ヨガポーズなどを使った「静的バランス能力」トレーニングは、「動的バランス」強化トレーニングに向かうためのステップになります。
動的バランス強化方法
生活や運動における実用的なパフォーマンスを高めるバランス練習としては、3種類の「動的バランス」能力を意識したトレーニングがオススメです。
方法 | 効果 | 実践例 |
---|---|---|
支持面の変化を繰り返す | 動的定常状態の強化 | バランスボールにのる |
静止中に身体の一部を動かす | プロアクティブバランス強化 | バレリーナの練習 |
突然の課題に対応する | リアクティブバランス強化 | 実践試合など |
「動的バランス能力」を鍛えるには、身体の状態変化を繰り返してそれに対応し続ける必要があります。
特定の不安定な姿勢を一定時間維持する(静的バランス強化)能力に加え、姿勢や外力の変化に繰り返し対応し続けることで、身体の状態変化に効率的かつ効果的に適応する方法を脳が学習するため、適切な(より強化された)神経経路が形成されます。
「バランス能力」は姿勢変化や外部からの影響に対して対応する動きのパターン(神経経路)数を習得すればするほど強化されるので、あらゆる場面に適応できる無駄のない安定したパフォーマンスにつながっていきます。
いずれのバランス能力を強化する場合でも、アクロバティックな難しい姿勢や強い負荷を加える必要がありません。
身体の構造や仕組みを理解していれば、シンプルで簡単な方法でも「賢く」バランス能力を強化できます。
動的定常状態
「動的定常状態」を強化するには、バランスを保持する時の支持面を常に変化させ続ける必要があります。
具体的には普段の仕事や作業時に座っている椅子をバランスボールにしてみる、ヨガなどで左右交互にバランスポーズを続けて行うなどの方法があります。
プロアクティブバランス
「プロアクティブバランス」を強化するには、次に起こり得る変化を予測した上で姿勢や支持面を変えることで強化できます。
基本の静止ポーズを維持したまま、腕、足、身体など身体の一部を動かして更に難しいバランスポーズへ移行するようなシークエンスヨガやバレリーナの練習でよく使われる手法を使えば、これから起こるバランスの変化を予測しながら調整を加えるバランス能力である「プロアクティブバランス」を強化できます。
リアクティブバランス
「リアクティブバランス」強化には、次に何が起こるか予測できない状況で異なるバランス課題に取り組む必要がありますので、インストラークターとの対面レッスンなどある程度整った環境が必要になります。
いずれのバランス能力を強化する場合でも、アクロバティックな難しい姿勢や強い負荷を加える必要がありません。 身体の構造や仕組みを理解していれば、シンプルで簡単な方法でも「賢く」バランス能力を強化できます。