「柔軟性向上エクササイズ」「ウォーミングアップ」「クールダウン」「ヨガなどの姿勢保持ポーズの筋力や運動パフォーマンスを高める」トレーニングに欠かせない【ストレッチ】を解剖生理学の観点から「ストレッチで起きる身体の変化」について整理しました。
【ストレッチ】とは?
【ストレッチ】とは、「骨格筋」を伸張(収縮)させることで関節可動域や筋力を変化させるためのトレーンング方法で、「ウォーミングアップ」「クールダウン」から「ヨガポーズや運動パフォーマンス向上のための筋力増強」などに多様な目的に有効です。
ただ、【ストレッチ】のやり方次第で身体に起こる変化も、体感できる効果も大きく異なります。
目的に応じて正しいストレッチ方法を選び、適切な負荷で実践できるように、【ストレッチ】により感じる抵抗や柔軟性(可動域)が変化するときに身体の中で起こっている変化(生理学)についてまとめました。
【ストレッチ】ターゲットの基礎知識
【ストレッチ】をするときに動かすのは、人体構造や運動の軸となる「関節」です。
「関節」は安定性と可動性を両立させるために様々な組織にサポートされている解剖学構造ですが、「ストレッチ」においてターゲットとなる「関節」要素は、「筋肉(骨格筋)」と「筋肉を囲む組織(主に筋膜)」です。
つまり、「筋肉(骨格筋)」と「筋膜」のコンディションを変化させるエクササイズのひとつが「ストレッチ」で、正しい「ストレッチ」によって「関節」の可動性や可動域を変化します。
「筋肉(骨格筋)」
「筋肉(骨格筋)」は、自分の意思で動かしたり状態をコントロールできる組織で、付着している部位により大きさも形も働き方(作用)も多様です。
解剖学構造
「筋肉(骨格筋)」を顕微鏡レベルでみると基本構造はどれも同じで、膨大な数の糸のような筋原繊維が構造単位ごとに束を作って連結しています。
繊維束ごとに割きやすいサラダチキンをイメージするとわかりやすいと思います。
筋原繊維は、太いフィラメントと細いフィラメントが重なり合ってできている「サルコメア(筋節)」と呼ばれる数百万の束の配列で、この配列が変化することで筋繊維長が変化し、筋肉の収縮、弛緩、伸張が生じます。
収縮の生理学
「骨格筋」の動きは脊髄神経にコントロールされていて、神経が筋肉に達して情報を伝達する場所を「神経筋接合部」と呼びます。
神経からの電気信号は、「神経筋接合部」を介して「筋繊維」に伝達されますが、神経からの電気信号により筋繊維内でカルシウムの流れが促進されると、太い筋フィラメントと細い筋フィラメントが互いにスライドしてサルコメアが短くなり力が生じ、「筋肉の収縮」となります。
筋原繊維は部分的に収縮することはなく必ず全長が同時に収縮し、何十億ものサルコメアが同時に短くなることで筋肉全体が収縮します。
また、筋繊維は作用の負荷によって収縮の強度を変えることはできませんが、負荷ごとに動員される筋繊維数が異なるため、発生する力の強弱が生じます。
つまり、動員される筋繊維が多ければ多いほど、「筋肉の収縮」によって生じる力が大きくなります。
筋収縮の種類
筋肉収縮とは筋肉に張力(力)が生じることで、必ずしも筋肉の長さが短くなるとは限りません。
種類 | 説明 | 例 |
---|---|---|
等張性収縮 (isotonic contraction) | 抵抗に対して張力が一定の収縮 (筋長が変化する) | 「求心性収縮」または「遠心性収縮」 |
求心性収縮 (concentric contraction) | 抵抗に対して筋長が短くなる収縮 | 重い物を持ち上げる時の上腕二頭筋 |
遠心性収縮 (eccentric contraction) | 抵抗に対して筋長が長くなる収縮 | 持ち上げた重いものを床に戻そうとしている時の上腕二頭筋 |
等尺性収縮 (isometric contraction) | 抵抗に対して筋長に変化がない収縮 | 壁を押す時の上腕二頭筋 |
「求心性収縮」の場合は短縮している筋肉が主動筋で、「遠心性収縮」の場合は伸張している筋肉が主動筋です。
「等尺性収縮」は、筋肉への負荷が収縮する筋肉によって生成される張力を超えている場合に生じます。
筋肉の協調と拮抗
筋肉には機能単位(グループ)があり、ひとつのアクションや姿勢(ポーズ)に対して、以下のように分類できます。
種類 | 説明 | 例 膝屈曲運動 |
---|---|---|
主動筋 (agonists) | 筋収縮により関節を可動させて目的の動作(姿勢)を作る筋肉群 | ハムストリング |
拮抗筋 (antagonists) | 主動筋に対抗する動きを起こして元の姿勢に戻そうとする筋肉群 | 大腿四頭筋 |
協力筋 (synergists) | 主動筋と同じ関節運動に作用したり、主動筋作用を補助する、または余分な作用を打ち消す筋肉群 | 腓腹筋(ふくらはぎ) 臀筋(下部) |
固定筋(fixators/stabilizers) | 主動筋が作用している間、他の部位を特定の位置に安定させる筋肉群 | 上半身を安定させる筋肉など |
例えば、膝屈曲は主に「ハムストリング」収縮によって生じますが、ふくらはぎ(下腿三頭筋)や臀筋も作用しています。
一方、拮抗する膝伸展の作用を持つ「大腿四頭筋」は弛緩して筋長を長くすることで、膝屈曲への抵抗をコントロールしています。
通常、主動筋と拮抗筋は、作用する関節を挟むように向かいあっていますが、協力筋は主動筋と同側ですぐ近くにあり、大きな筋肉が作用するときは、近くにある小さな筋肉群も協力筋として動員されています。
「筋膜」:筋肉周辺組織
「筋肉(および筋繊維)」周りには様々な結合組織が存在し、筋肉の柔軟性と収縮を補助しています。
結合組織の種類には、「腱」「靭帯」「筋肉を機能単位ごとにまとめて包みこむ筋膜鞘」全身の筋肉を部位ごとにまとめて安定させる「筋膜」などがあります。
「ストレッチ」を効果的に行うためには、これらの結合組織の役割や機能を理解しておく必要があります。
結合組織の成分
「結合組織」は、「基体(ムコ多糖)」と「タンパク質ベースのコラーゲン結合組織および弾性結合組織」で構成されています。
種類 | 主成分 | 役割 |
---|---|---|
コラーゲン結合組織 | 主にコラーゲン | 伸張強度を高める |
弾性結合組織 | 主にエラスチン | 弾力性を高める |
基体 | ムコ多糖 | 筋繊維の潤滑剤 束にまとめる接着剤 |
関節周辺の結合組織に弾力性があればあるほど関節可動域は大きく(柔軟性が高く)なります。
「筋膜」種類
筋肉を機能単位ごとに包む「筋膜」および「筋膜鞘」は存在する位置ごとに名前が異なります。
種類 | 説明 |
---|---|
筋内膜 | 個々の筋線維を包む最内側の筋膜鞘 |
筋周膜 | 筋線維を機能単位ごとに結合する筋膜鞘 |
筋外膜 | 筋線維全体を包む最外側の筋膜鞘 |
【ストレッチ】生理学
筋肉(筋繊維)の収縮は「サルコメア」単位で生じます。
「サルコメア」が収縮すると「太い筋フィラメント」と「細い筋フィラメント」が重なりあう部分が増えて筋長が短くなりますが、伸張されることによって重なり合う部分が減少すれば筋長が長くなります。
筋繊維が最大長(すべてのサルコメアが最大長)になっても伸張する力が加わると、周囲の結合組織にも張力が加わり、結合組織のコラーゲン繊維が張力と同じ力線に沿って整列します。
つまり、「ストレッチ」をすると、張力によって筋長を変えるサルコメアが最大長になり、結合組織が張力の方向を整えて残りのたるみを吸収します。
「ストレッチ」をすることで、筋肉や結合組織の配列を整えて、疲労や怪我(組織損傷)の回復を促進する効果があるのは、組織の配列を整える効果があることもひとつの要素です。
「ストレッチ」を行っても一部の筋繊維の筋長が変わらないこともありますが、筋肉全体の長さは伸張された繊維の数によって決まります。
筋力が動員される筋繊維数に応じて決まるのと同じ原理で、「ストレッチ」も伸ばされる筋繊維数が多ければ多いほど筋長も長くなり、「柔軟性向上効果」も高くなります。
【ストレッチ】効果に影響する要素
【ストレッチ】を正しく効果的に行うためには、ストレッチのときに感じる抵抗や痛みの要素を生み出す機能について理解し、コントロールすることです。
具体的には、筋長の変化を感知する「固有受容器」と「反射」です。
固有受容器:筋収縮を感知する機能
「ストレッチ」をすると筋繊維(サルコメア)の長さが変化しますが、変化の情報は「固有受容器」から「中枢神経(脳)」へ伝達されています。
「固有受容器」とは、「筋骨格系」に関するすべての情報を「中枢神経(脳と脊髄)」に連絡する神経終末のことで、関節の構成要素である「筋肉」や「筋膜」に多く含まれ、「ストレッチ」により生じる関節や筋長の変化、抵抗や痛みなどの情報をキャッチします。
部位 | 種類 | 検出対象 |
---|---|---|
筋 | 筋紡錘 | 筋長の変化と変化率 |
腱 (筋繊維端) | ゴルジ腱器官 | 腱張力の変化と変化率 |
腱 (筋繊維端) | パチニ小体 | 体内の動きと圧力の変化 |
筋膜 | GTO | 負荷を感知 |
筋膜 | Paciniform小体 | 圧力を感知 |
筋膜 | ルフィニ終末 | せん断を感知 |
筋膜 | 自由神経終末 | あらゆる刺激を測定し侵害受容路(痛み)にも接続 |
筋繊維
筋繊維には、筋原線維を含み一般的に筋繊維と呼ばれる「紡錘外繊維」と、紡錘外線維と平行に存在して「筋紡錘」とも呼ばれる紡錘内線維があり、筋肉の主な固有受容器は「筋紡錘」です。
種類 | 説明 |
---|---|
紡錘外繊維 | 筋原線維(サルコメア)を含み一般的に筋繊維と呼ばれるもの |
紡錘内線維 (筋紡錘) | 紡錘外線維と平行に存在 |
筋肉内で紡錘外繊維の長さが変化すると、紡錘内線維(筋紡錘)も同じように変化しますが、「筋紡錘」は筋肉の長さの変化と筋長の変化率を感知する繊維の2種類を含みます。
腱
ストレッチに関連する固有受容器は、腱(筋繊維端)にある「ゴルジ腱器官」とゴルジ腱器官の近くにある「パチニ小体」も含まれます。
筋肉に張力が発生すると、腱内に存在する「ゴルジ腱器官」が腱の張力の変化と変化率感知し、「ゴルジ腱器官」の近くにある「パチニ小体」は、体内の動きと圧力の変化を検知します。
筋膜
全身の筋肉をあらゆる単位で包み込む【筋膜】には、筋肉の収縮の変化を多様な角度から感知する「固有受容器」がたくさん含まれているため、筋膜細胞間での変化も常に感知し、空間における身体の位置や姿勢を認識できます。
受容体 | 役割 |
---|---|
GTO | 負荷を感知 |
Paciniform小体 | 圧力を感知 |
ルフィニ終末 | せん断を感知 |
自由神経終末 | あらゆる刺激を測定し侵害受容路(痛み)にも接続 |
「筋肉(骨格筋)」内の「固有受容器(筋紡錘)」も、結合組織の長さの変化から筋長の変化を予測する機能がありますが、「後頭下筋」「眼筋」「足底筋」「深層の固有背筋群」など一部の筋肉(主に姿勢や機能保持調整に作用する筋肉)を除いて、筋肉の長さの変化を感じる機能がほぼありません。
また、「筋肉を囲む筋膜」の固有受容器の数は、「筋肉(骨格筋)」の6倍程度あるので、実際には、「筋肉(骨格筋)の伸びを感じる」よりも「筋膜の伸びを感じる」という表現の方が適切かもしれません。
伸張反射
「ストレッチ」で筋肉や筋膜を伸張させると、「固有受容器」が変化の大きさや速さを記憶して脳へ信号を送りますが、その信号に対して中枢神経は変化を元に戻そうとする信号を筋肉に送るため、「伸張反射(筋反射)」が生じます。
「伸張反射(筋反射)」は筋肉の状態を維持(過剰な変化を予防)して怪我を防ぐために生じる防御反応のひとつなので、筋長の変化が急激であればあるほど反射として生じる筋肉の収縮も強くなります。
この伸張反射(筋反射)を活用して瞬発力を高める「プライオメトリック(ジャンプ)トレーニング」もありますが、「ストレッチ」においてはこの「伸張反射」によって身体の硬さ(抵抗)を感じます。
ただし、筋肉を伸張した状態でしばらく保持すると、「固有受容器」が新しい筋長を学習して伸張反射が抑制されるため、徐々に抵抗を感じにくくなっていき、身体は柔らかくなった(関節可動域が拡大した)と実感します。
「ストレッチ」で柔軟性を高めるには、伸張反射をコントロールして、筋肉内の「筋紡錘」に新しい筋長を学習させていくという意識が重要になります。
紡錘内筋線維には2種類あり、伸張反射もストレッチされている間ずっと継続する静的要素とストレッチ開始時や急激に筋長が変化したときに反動として一瞬だけ生じる動的要素に別れます。
種類 | 対応する繊維 | 説明 |
---|---|---|
動的要素 | 核袋線維 | ストレッチ開始直後や筋長が急激に変化した瞬間にだけ生じる反射 |
静的要素 | 核鎖線維 | 筋肉が伸張している間ずっと継続する反射 |
「核鎖線維」は細長く伸ばした通りに一定に伸びる性質があり、筋長に応じた伸張反射を起こします。
「核袋線維」は最も弾力性のある中央部が膨らんでいて、「筋紡錘」がこの中央部周辺にあるため、筋繊維が伸張すると筋長が急激に長くなりますが、「核袋線維」の両端は粘性のある液体で満たされていて急激な伸張に抵抗しながら、継続する張力に対して徐々に伸張していく性質があります。
急激なストレッチでまず伸張するのは中央部で、ストレッチを続けることで両端部分も伸張されますが、その時点では中央部が多少短縮している場合があります。
つまり、特に急激なストレッチ直後に感じる強い抵抗は動的要素によるもので、筋長の変化率が減少すると徐々に減少していくように感じます。
逆伸長反射
ストレッチにより筋肉が収縮すると、「ゴルジ腱器官」が存在する腱にも張力が発生します。
「ゴルジ腱器官」は腱の張力の変化と変化率を検知して脊髄に電気信号を送りますが、この信号が特定の閾値を超えると収縮を抑制して筋肉を弛緩させようとする逆伸長反射(ゴルジ腱反射 / クラスプナイフ反射)が生じます。
「逆伸長反射」は、「筋紡錘」が筋肉を収縮させようとする信号よりも「ゴルジ腱器官」からの伝達の方が強力である場合にのみ生じ、筋肉、腱、靭帯を損傷から保護する役割があります。
「逆伸長反射」により筋肉がリラックスしやすくなれば(収縮しようとしなくなれば)、ストレッチした姿勢を長時間保持しやすくなります。
相互抑制
特定の動作を起こす「主動筋」が収縮する時は、拮抗する作用の「拮抗筋」は強制的に弛緩させる相互抑制が生じます。
「主動筋」と「拮抗筋」が当時に収縮する共収縮が必要な場面もありますが、ストレッチにおいては相互抑制を活用して「拮抗筋」を収縮させた状態でリラックスした「主動筋」をストレッチする方が簡単で効果的ですし、「協力筋」も弛緩させると更に効果を高められます。
例えば、ふくらはぎの筋肉をターゲットにストレッチをしたい場合は、「拮抗筋」であるスネの筋肉群を収縮させるために足関節を背屈します。
また「協力筋」である「ハムストリング」をリラックスさせるために、膝を伸展位に保つなどして「大腿四頭筋」を収縮させます。
【ストレッチ】種類と効果の出る正しいやり方
【ストレッチ】生理学を理解したら、目的に合わせて正しいストレッチ方法を選び、正しい負荷と順番で実践しましょう。